あたたかいパンとシチュー

「重いとも。そしてその重さを楽しめ、雑種」

エジプトばなし③(第一中間期と二つの文学)

エジプトノート3回目。
今回も、FGOに役立ちそう(?)なとこだけ抜き出して書きます。

《混乱をきわめた第一中間期》
エジプト学でいう「中間期」とは、国土がひとりの王に統一されていない時代のことを言います。古王国が倒れたあと、「第一中間期」と呼ばれる混乱した時代が150年弱続きました。
最終的には、初期王朝からの首都だったメンフィスではなく、上エジプトのテーベを首都とした王朝が生まれ、これがエジプトを再統一することで次の時代に移ります。

この時代の様子を表しているとされる、有名な2つの文学があります。「イプウェルの訓戒」と、「メリカラー王への教訓」です。折角なので読みました。
(GWのKindleセールと手持ちのポイントで、500円くらいで買えてしまった…。500円って。スパコミで自分が頒布した本より安いっていう…許されるのか…?)

エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4480097333/ref=cm_sw_r_cp_api_i_HFE34N7P7HPDACCNMJ29


《予定説と自由意志説》
先の2つの物語で「おもしろいな」と思ったのは、第一中間期の価値観の変化です。
古王国とは、「絶対・永遠」の象徴だった。それが倒れたということ…このことは古代エジプト人にとって、大きなショックだったようです。
ゆえに古王国崩壊直後は、「予定説」(ヒトの善悪は、生まれながらにして神に決められている)的価値観に基づいて、「こんな酷い世の中になったのは神にも責任あるやん!」…と考えられていたらしい。なんかヤケな感じもするよね笑

だけどそのすぐ後に、「自由意志説」(ヒトの善悪は、結局その人の行い次第)的価値観に変わっていきました。そしてこの「自由意志説」の影響は、人民だけでなくファラオにも及ぶことになります。
つまり、「ファラオは、ただ神王たるファラオであるだけではだめだ。神の為政者として、善ある政治をすべきだ」のように、ファラオの行動にも「責任」が求められるようになりました。…明らかに、一度王朝が倒れた結果だなあと思います。


《ファラオの素質》
かつて古王国時代のファラオに求められた素質は、
・「権威(=権威あることば)」
・「悟性(=正しい認識に達する能力)」
だったそうです。
第一中間期、ここに「正義(=マート)」が加えられることになります(秩序(=マアト)と同意かな…?)。

日本では、ファラオといえば暴君! みたいなイメージが横行している気がするんだけど、そうでもなかったんじゃないかしらと思うんですよね。だって、権威、悟性、正義ですよ。ファラオ業はきつそうだ。
(暴君のイメージって、やっぱり20年以上前の「ピラミッドを奴隷達に作らせてた疑惑」とかから来てるんじゃないかな〜と想像してます。現在は否定されている説です)


《そのほか》
「メリカラー王への教訓」の中に、バビロニア神話のティアマトがゲスト出演していました。えーっまじ?! この時代にすでに?!
やっぱり、古い神話や物語は、横並びで影響みるのがおもしろそうだな…なんておもいました。