あたたかいパンとシチュー

「重いとも。そしてその重さを楽しめ、雑種」

ギルガメシュ叙事詩を読む(6):続・エンキドゥは何故フンババを殺したか

前回の続きです。

「エンキドゥはなぜフンババ殺しに至ったか?」…その真相に迫るべく、2014年に新しく公開された第五の書板を読んでいきます(どうしてこんな所に迷い込んでしまったのか…)。

 

この書板は2011年に発見され、2014年に論文のかたちでその内容が発表されました。なんと論文は誰でも読めてしまいます。
https://www.journals.uchicago.edu/doi/10.5615/jcunestud.66.2014.0069
この発見により、第五書板は全324行から成ることが分かりました。新しい書版には、①1〜46行、②61〜103行、③249〜276行、④300〜324行が含まれているので、それぞれの内容を確認していきます(ひえ〜〜っ……)。

 

① 1〜46行:香柏の森の姿

第五の書板の冒頭部分であり、96年の月本先生訳で欠損となっていた15行以降が補われます。渡辺先生が和訳して下さっているので、それを参考にさせていただきました。
東洋英和女学院大学学術リポジトリ - 東洋英和女学院大学学術リポジトリ

ギルガメシュ達が辿り着いた森の、ゆたかな描写。ウルクの人々が恐れたフンババは、自然の中で動物や昆虫たちと共存する統治者だったんですね。元論文でも言及がありますが、この描写は、

昼も夜もフワワのために楽士のように奏でる

…と、ヒッタイト版にも引き継がれます(月本先生訳)。

現代日本に生きる私の感覚ですが、
「乾燥がちなメソポタミアの都市、暴君・ギルガメシュ/(人間サイド)」 ← →
「豊かな杉の森、動物たちに愛される守護者・フンババ/(神サイド)」というのは、すばらしい対比構造になっていると思いますし、何よりそのはざまに「都市化した神の子・エンキドゥ」がいるというのは、話の作りが上手すぎますよね😭

ギルガメシュ叙事詩って、まず純粋に話が面白いんだよなあ。

② 61〜103行:エンキドゥとフンババの関係

ここ、審議ポイントです。
ギルガメシュとエンキドゥを見て、心乱されるフンババ。それを無視してフンババ殺害を促すエンキドゥ。そしてシャマシュに祈るギルガメシュが描写される一幕。第2欄に相当すると思いますが、元々の書板も新書版も欠損が多くて、正確な文意を理解することは難しいと思います。
論文ではこの箇所について、「かつての知己であるエンキドゥが再会しに来たのだとフンババは考えていたが、その実は殺害しに来たのだった…」という展開の辛辣さを語っているのですが、どうもそれが「エンキドゥとフンババはかつて『友』であった」というSNSトピックにつながったようですね。
しかし、「2人(?)が友だった」という明確な描写はありません。そもそも、既存書板の第1欄に、

エンキドゥよ、なぜお前はギルガメシュをわが前まで連れて来たのか。……お前はよそ者である敵と共に立つのか。

というフンババのセリフがあり、「どうも2人は昔からの知り合いだったらしい」ということは、すでに以前から知られていたわけです。また個人的には、古バビロニア版の第3の書板相当の部分にある、

エンキドゥを前に行かせなさい。(略)フワワに対しては、彼のあらゆる策略を用いよ。以前、彼は仲間を助けていたのだ。

という長老達の忠告が、「エンキドゥに“裏切り”をさせる」セリフに思えてならないんですよね。
さらに、エンキドゥの個人神はエンリル、フンババを森の守護者として定めたのもエンリル…ということで、エンキドゥとフンババは「エンリルつながり(?)の者達」と読むこともできる気がします。
というわけで、この件でワ〜ッとなるのはなんだかな、と思うんですよね(二次創作でやるのは全然OKだと思いますが!)。

また、この件でネットサーフィンをしていたら、こんなブログに出会いました。

ギルガメシュ叙事詩の新たな写本が発見された - ユートピアを求めて

「友問題」を含め、元論文準拠で解説して下さってるすごい記事です。↑の話を考えるにあたり、たいへん参考にさせていただきました。。。ありがとうございます。。。

③ 249〜276行 :フンババの涙

追い詰められたフンババが、エンキドゥに説得を、ギルガメシュに命乞いをするシーン。第4欄に相当する箇所ですが、わたしはこの部分が新書版の中でいちばん好きです。
英語がめちゃくちゃ苦手なのですが、部分的に訳します(アッカド訳はできない…)。

エンキドゥは口を開いて、ギルガメシュに言った。
「友よ、あの鳥を捕らえよ。
雛鳥どもが、いったいどこへ飛んでいけるというのか。(略)」
フンババはエンキドゥの言葉を聞き、顔を上げ、シャマシュの前で涙した。
その涙は、シャマシュの威光の前に流れ落ちた。

この「鳥」「雛鳥」は、古バビロニア版にも登場し、月本先生訳では「フワワのとりまき、ないしは手下の比喩」とされています。新書版の冒頭で、様々な鳥達がフンババに付き従っていたことをふまえると、まさにフンババに仕える仲間達のことなんでしょうね。エンキドゥは、それすらも捕らえて、おそらくは殺せと言うのです。
そんな冷酷なエンキドゥの言葉を聞いて、フンババは涙を流します。ここ、おそらく既存書版では読み取れなかった部分なのですが…、実はフンババは涙を流してまで、エンキドゥに救命を頼み込んでいたのでした。
なのにエンキドゥは取り合わない。フンババを殺せと、強くギルガメシュを唆すのです(いやむしろ、「自らの迷いを振り切るように、敢えて強く」なのかもしれないな…、なんて思うのは、空想のしすぎだろうか🥲)。

④ 300〜324行 :エンキドゥの後悔

フンババ殺害の後、木々を伐採し、森をあとにするシーン。第五書板の第6欄、ラストシーンにあたります。欠損していた前半部が補われ、ここに注目すべきセリフがあることがわかりました。またも雰囲気で訳します(誰かやってくれ〜…)。

エンキドゥは口を開いて、ギルガメシュに言った。
「友よ、私たちは香柏の森を不毛の地に変えてしまった。
私たちは、ニップルに住まうエンリルの審問にどのように答えようか。
「暴力によってフンババを殺害し、森を踏みにじるまでにおまえ達を至らしめた怒りとは、いったい何なのか」との問いかけに。」

エンキドゥ、明らかに後悔してますよね…。前回のエントリにも書いた通り、「エンリルにバレる前にフンババを殺してしまおう」と、ギルガメシュを鼓舞し続けていたエンキドゥですが、いざ殺してしまった後も、やっぱりエンリルが気になっているのです。…そりゃそうだよなあ、遅かれ早かれエンリルにはバレてしまうんだから。

 

エンキドゥはなぜフンババ殺しに至ったか(再)

ここで当初の問いに立ち帰ります。エンキドゥは、どうしてフンババを殺してしまったんだろう。
◎エンキドゥがフンババを殺したかった?
→ノー。エンリルのしもべであり、かつての知り合いだったかもしれないフンババを殺すことには、出立前から殺害後までずっと反対だった。
ウルクの人たちがフンババを殺したかった?
→多分ノー。出立前に長老会の人々はギルガメシュを止めているし、母ニンスンも不安であった。まあ、フンババを倒して貴重な木材を入手できればウルクは潤おうんだろうけど、ギルガメシュの直接の目的は「名をあげる」こと。ギルガメシュにとって、木材は多分副産物。
シャマシュに唆された?
→うーん、これも多分ノー。シャマシュは何度も2人を助けてくれるけど、彼がフンババ殺害を唆したわけではない。フンババを倒したいのはあくまでギルガメシュの意志である。第三書板に「シャマシュが嫌う<全悪>を国から滅ぼすまで」という一文があるけど、この<全悪>が「呪術文書などでの悪霊の呼称」であることを考えると、シャマシュフンババを実際に嫌っていたわけではないと思うんだよな(訳は月本先生標準版による)。

◎じゃあなんで!!?
→わからん!!!(泣)
理性的に考えれば、やっぱりエンキドゥはフンババを殺すべきでは無かったし、エンキドゥ自身もそれを分かっているのです。だけど実際に、エンキドゥはギルガメシュを鼓舞して、ギルガメシュの望みを叶えてしまった。
…もうこれは、理屈じゃないと。エンキドゥの「友を助けたい」という友情ゆえにですと。そう言うしかないんじゃないかと思ってきました。

それに比べ、ギルガメシュは呑気なものですよね。この時点では、「めちゃ強い怪物を倒したい!」というシンプルな気持ちだけでいるでしょうから…。この旅の貢献度で考えれば、断然エンキドゥの方がギルガメシュより頑張っていると思います。
けれどこの貢献度の差が、のちの「神々に愛されるギルガメシュ「神々に見放されるエンキドゥ」の対比を、より鮮やかにしてゆくのですから、つまりは物語がめっちゃ上手なんですよね。

 

ここはフェイトを遊ぶブログのはずなのに、いっさいフェイトの話をしないエントリになってしまいました。
次は第6の書板、いよいよイシュタル様回ですね!