あたたかいパンとシチュー

「重いとも。そしてその重さを楽しめ、雑種」

巽のアパート、一体どこにあるのか問題(巽&ジキルペア)

「蒼銀のフラグメンツ・各陣営を追いかけるシリーズ」第二弾として、バーサーカー陣営に取り組んでいるのですが、まず整理しておきたかったことがあります。

それすなわち。
「巽のアパート、一体どこにあるのか問題」。

…だ、だって、気になるじゃないですか!!!

◆◇◆

①巽の現アパートについて
まずは巽自身の言を拾ってみます。※< >内は、小説版巻数-ページ数

・「世田谷の都立高校に通う高校二年生<3-64>」
・「通学に使っている私鉄駅前で…<3-88>」
つまり、普段の生活ルートは、【世田谷区XX駅→(私鉄線)→世田谷区内都立高校】ということですね。

さらに、巽の妹・環の言も。
「(東京駅から)JR線と私鉄線とを乗り継いで兄の暮らす世田谷区へ<3-272>」
「私鉄への乗り換えのために降りた新宿駅…<3-273>」
広島からやって来た環がとったルートは【東京駅→(JR)→新宿駅→(私鉄線)→世田谷区XX駅】です。

新宿に乗り入れてる私鉄で、かつ世田谷方面に延びるということから、小田急線か京王線京王新線)の沿線に住んでいると想定できます。
これはジキル現界後に新宿の京王百貨店に行っていることとも整合的です(京王百貨店は、小田急線・京王線からすぐ)。


②巽幼少期の一軒家について
しかし、考察がちょっと難しい要素があります。
巽が一人暮らしをする前の一軒家についてです。

「(幼い頃、)珍しく遠出をして遊んで、丸子川沿いに歩いて家へと帰る最中のこと。現在住んでいるアパートにごく近い場所にあった二階建ての一軒家へと…<3-83>」

問題なのは「丸子川」のワード。丸子川は確かに世田谷区に存在する川なのですが、二子玉川に並行するように流れる川なのです。つまり、丸子川の最寄り路線は田園都市線二子玉川駅となります。
田園都市線は新宿に乗り入れていないので、東京駅から田園都市線沿線に向かうのに新宿乗り換えをするのは不自然です(渋谷で乗り換えます)。つまり、①と矛盾するんですよね。

一方、小田急線・京王線で最も丸子川に近いのは、小田急線の成城学園前駅になります。
しかし、丸子川が開渠となるのは水神橋以降(http://ochanomizu817.blog65.fc2.com/blog-entry-80.html)なので、「丸子川沿いに歩いて(小田急線方面の)家へと帰る」ためには、二子玉川から北西に3km以上も歩く必要が出てきてしまう。小学生低学年の巽兄妹にそれが可能だろうか…うーん、厳しいような。


③つまりどうなんよ…??
路線に関わる記載だけ拾っていけば、小田急線の成城学園前駅近くと考えるのがカタいんだと思います。成城学園前って家賃高いはずなので、祖師ヶ谷大蔵駅喜多見駅寄りだとなお現実味がありますね。
個人的には、「ウルトラマン商店街」がある【祖師ヶ谷大蔵駅】を推します。「正義の味方になりたかった」巽少年の精神性と重なる気がするので…。エモいなって。

ただやっぱり、多摩川二子橋公園方面から小田急方面に小学生が歩くのはかなりきついと思うんですよね。そこで、実は幼少期に遊んでいたのは「砧公園(子供の森)」であり、歩いた川は「丸子川」ではなくて「仙川」である、という説も併せて推したいです。仙川は丸子川と砧公園付近で隣接しているので、地図上は非常に判別しにくいんだよな。

ちなみに。1991年当時、近辺の世田谷区都立高校として、
 ・東京都立千歳高等学校(京王線千歳烏山駅
 ・東京都立明正高等学校(小田急線・梅ヶ丘駅
があります。両学校は2003年に統合されて、現在は東京都立芦花高等学校となっています。芦花高校は千歳高校の場所に設立されているので、明正高校の跡地には記念碑が残るのみ。


ここからはもしも、もしもの話。
もしも、彼が通っていたのが明正高等学校ならば……、巽とジキルの結末も相まって、言いようのない感情に襲われるのです。

今はなき明正高等学校、最寄りの梅ヶ丘駅のそばには、梅林で有名な羽根木公園があります。
聖杯戦争は2月だったから、きっとあと1、2週間もすれば、美しい梅の花盛りの季節だったでしょう。
生き延びて、ジキルとふたり梅を愛で、野鳥の羽ばたきを見られたら……。
そう思わずには居られなくて、……涙。