あたたかいパンとシチュー

「重いとも。そしてその重さを楽しめ、雑種」

ギルガメシュ叙事詩を読む(12):エンキドゥの冥界下り

ギルガメシュ叙事詩・第十二の書板を読んでいきます。

(!)これは研究メモの類ではなくて、フェイトのおたくによる「感想文」です>< 原文や諸海外訳は読めていないのでごめんなさい…。なお、標準バビロニア語によって書かれた、全12の書板からなるバージョン(=「標準版」)をベースに読んでいます。

 

<第十二の書板>
エンキドゥの冥界下り

延長戦です。
前回で本編部分は終わったはずなのですが、標準版にはもう一つ書板が続くんですね。まさかギルガメシュ達の「その後」が書かれてるとか…??などと想像してしまうけれどそうではなくて。なんだか謎な書板なのです。
お話は、ギルガメシュが「プック」と「メック」という木製品を冥界に落としてしまうところから始まります(この「プック」と「メック」が具体的に何なのかは謎)。ギルガメシュの嘆きを聞き、エンキドゥは冥界に赴いてそれを拾ってこようとするのですが、冥界の掟を破ったせいで、冥界から帰って来られなくなってしまいます。エア神の取り計らいで、死霊になって帰ってくることができたエンキドゥは、冥界の様子についてギルガメシュに語るのでした……というところで終わり。唐突に始まって唐突に終わってしまう。謎です。

実はこの物語には「ギルガメシュ、エンキドゥ、冥界」という元ネタ(シュメル語伝承)があるようで、これの後半部分をアッカド語訳したものが、第十二の書板にあたるのだとか。だから、死んだはずのエンキドゥが出てくるし、叙事詩の流れと合っていない感じがするんですね。

月本先生の解説によれば、この第十二の書板は、標準版のギルガメシュ叙事詩が編集された際に付け加えられたものなんだそうです。そしてこの部分が伝えたいのは、冥界から帰ってきたエンキドゥ(死霊)とギルガメシュの対話部分で語られる「死者供養の重要さ」なのだといいます。
つまり、「(ギルガメシュの物語で分かったように)人間はいつか死んでしまうから、死後安らかに過ごせるように、供養をちゃんとしましょうね」と…そういうまとめになってるんですねえ。

 

ちなみに「第十二の書板」部分のエピソードは、7章バビロニアでも取り上げられていました。
f:id:taira005:20221014182417j:image
f:id:taira005:20221014182413j:image
もしかしたら、「第十二の書板」というよりは、「ギルガメシュ、エンキドゥ、冥界」(元ネタ)の方を意識しているのかもしれません。

 

幼年期の終わり」に思いを馳せて。

書板の構成上、最後に脇道にそれた感がありますが、これにてギルガメシュ叙事詩は読了です。おつかれさまでした。
完走した感想は…と〆たいところですが、総括記事みたいなものを別のエントリにしたためようと思っているので、もうちょっとだけ続くのじゃ。

これまでは、ギルガメシュ叙事詩自体のおもしろさに没頭して読書をしてきたつもりです。しかしここはFate関連ブログ。最後は、これら原典を踏まえた上で改めて、「じゃあFate世界では『ギルガメッシュ』や『エルキドゥ』はどういう描かれ方になっているんだろう」・「7章バビロニアってどんな意味があったんだろう」ということを考えたいなーと思っています。というか考えています。

ギルガメシュ叙事詩」は、昔々の物語でありながら、「永生の希求」や「友情」、「自然への畏れ」など、様々なテーマを内包した物語でした。その【二次創作】とも言える「FGO7章・絶対魔獣戦線バビロニア」が冠するテーマは「幼年期の終わり」。つまり、叙事詩で描かれた「人らしく、人と共に生きる」ことを、「神からの卒業、母からの巣立ち、すなわちは『幼年期の終わり』」と…そう語っているわけですね。

 

多分これって、すごくすごくすごいことじゃないか???……って予感があるのです。